WORK IN PROGRESS その8|「余談」からはじまる思索

ヨコク研究所+MUESUM+吉勝制作所は、予測しえない出来事や偶然性を受け入れながら、目の前の出来事に反応することで新たな思索へと導くような“リサーチ手法のプロトタイピング”を実験・実践しています。ここでは、そのプロセスをご紹介。

カマキリの卵と積雪量

GRASPの活動初期に、メンバー自身の実体験に基づく余談のようなエピソードが私たちを新たな思索へ導いた、と〈WORK IN PROGRESS|プロジェクトのはじまり:GRASP前夜〉 でお伝えしました。それらは一体どんなお話だったのか、数多くの「余談」の中からその一例をご紹介します。

生活のなかの「予告」や「予測」について話をするなかで、山形に拠点を置く稲葉さん・吉田さん(吉勝制作所)からは、「カマキリの卵が産み付けられた植物の地面からの高さによって、その年の冬にどのくらい雪が積もるかを占う」という言い伝えを近隣の人から聞いたというエピソードがありました。ある年には屋外の植物ではなくなんと家のタンスの中で卵が見つかり、「これはどういう意味だろう、大変な大雪になるのかも!?」と、意味の解釈に頭をひねりつつ慌てることもあったそうです。

このお話で思い出されるのは、アフリカのアザンデ人の人々が、ある人が穀物庫の倒壊に巻き込まれて亡くなった事件を妖術のせいにするという話です。このことを調査した社会人類学者のエヴァンズ=プリチャードは、アザンデの人々は建物が白アリのせいで腐って倒れたことはもちろん理解しているが、妖術はそうした科学的な因果関係ではなく、「なぜこの時間に、この人が、この場所で亡くならなければならなかったのか」という個別の人間にとっての意味を提供しているのではないか、と考えました。

photo: Katsunobu Yoshida

カマキリの卵も、科学的でない迷信と言ってしまえばその通りです。しかし、こうした占いや予言などの行為の肝は、具体的なシグナルに人間的な意味を与えてそれを受けとるところにあるのかもしれません。また、もし山里だけではなく都市生活の中にも「カマキリの卵」のようなシグナルを見つけ出せるとしたら、それはどんなものになるでしょうか。そんなふうに、メンバーの経験にもとづいた「余談」をきっかけに、私たちの曲がりくねった探索的な議論は連想ゲームのように続いていきます。

このカマキリの卵と雪のエピソードのほかにも、「フリスビーの楽しみの本質は、自分が上手に投げることではなく、相手が投げた取りにくそうなディスクに向かって走っている時間だと感じる」「複数人でヨーグルトをつくって持ち帰ると、それぞれの生活環境の菌によって味が変わった」……など、それぞれの経験に基づく語りが数多くありました。

こうした話は、普通の会議なら議題とは関係のない雑談という箱に入れられてしまいます。会話の脱線を受け入れてそれらに反応するという過程そのものが、目的に向かう最短経路でない採集的な手法を実践するためのヒントになったのでした。

その9へつづく

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RECIPE from GRASP

・「関係ない話」が生きる会議を持続させるための3つの構え
https://graspmates.site/foraging/recipe/80/
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